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Princess Radha Farm 2011年

一月。日本から、ユウスケ君、数日遅れて、ダイキ君が来てくれました。この若いふたりが、約3ヶ月間働いてくれたおかげで、畑がすっかり見違えるように!でも、この二人がいる間に、大きなライチの木がま二つに割れて倒れてしまったのです。枝が重くなりすぎたようですが、なんとも残念。今年も甘い、おしいいライチを楽しみにしてたのに!

二人は、ヨーダ区とラダ区(それぞれの場所に名前が付いています)にたくさんのコーヒーの木を移植してくれました。2年後には大きく育ち、最初のコーヒーの実を付けるはずです。

3月、PAGEがテレビを見ろと皆に声をかけました。東北地方に大きな地震がおこり、津波が襲っているというのです。3人で息をこらし、津波が田畑を飲み込んでいく映像を見ていました。涙が止まりません。人々は大丈夫だろうか、あ、畑が海の底に!二人は必死で携帯をかけますが、日本にはつながりません。でも、結局Eメールでなんとか、家族の無事が確認取れました。

私は仕事に出かけたものの、インターネットに流されるニュースがショックで、仕事になりません。とうとう我慢できなくなり、早退。

PAGEが早速メンバーでもある、コナコーヒーファーマーズアソシエーションのボードと話し会いました。そして、ドネーションを集めることに。

福島の原発事故を知り、祈るしか有りません。「アメリカ軍が予備のバッテリーを持っていった。もう大丈夫だと」PAGE。日本より、アメリカのほうが情報が早い。

4月、そんな中、ユウスケくん帰国。そして、12日朝、サンダーが突然ひきつけを。そして、薬の成果もなく、17日、苦しみながら逝ってしまいました。この日は丁度私達の結婚記念日でした。「Yokoはいつもこの日を忘れているから、サンダーが忘れないように、この日を選んでいったんだ」とPAGE。そうかも知れません。苦しむサンダーを楽にしてあげたいと、安楽死の話をしていた矢先でした。動けなくなり、水が飲めなくなり、大きな犬は早いです夜中付き添っていた私とPAGEが変わり、私がベッドに行った朝。でも、最後に息を引き取る時はそばに付いていることができました。

最後に「ウーン」と泣いたのをベッドで聞いたのが最後に私を呼ぶ声だったんですね。「さようならサンダー」カリフォルニアから運んできたRADAHAの骨と一緒に埋めてあげました。

何もわからないRIKIが、しばらく不思議そうに、墓の横に座っていました。そして、PAGE曰く、たまにそばに座っていると。墓から出てくるのを待っていたのでしょうか。

6月、ようやく、ドネーションの渡し先が決まりました。福島でナシ園をしていた方です。新しい場所で再び農園が再開できるように、わずかですが、お役に立てることを願っています。

6月17日 以前一度此処に来ていただいて以来、登園のコーヒーのお客様になっていただいたご夫婦が、お友達家族と再び来てくださいました。そして、植樹。ご本人に似て、すごーく元気な幼木です!

7月、同僚にもらったタバコを植えました。アメリカではタバコを個人で育てても、違法にならない!

 

 

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