アメリカ人と日本人の再婚同士のカップルです。カリフォルニアで出会い、さまざまな仕事を体験してきましたが、リタイヤ前にもうひとがんばりと、ハワイ島にやってきました。
夫、ページは以前からコナコーヒーを絶賛していて、海好き。私(洋子)は、いつか、自然の中で暮らしたいと思ってはいたのですが、気がついたら、ここに移住していました。
子供の頃の日本の田舎を彷彿とさせるハワイ島。さまざまな木々に囲まれ、野生の鶏の泣き声で目覚める生活。こうした環境の中では、毎日、草木、生き物、全ての生命と自然に感謝せずにはいられません。
一日があっという間に過ぎていきます。雨にも感謝、日照りにも感謝、満点の星にも感謝、うす曇で、暑さを緩和してくれる雲にも感謝。ファームでの日々は、自然の強さと不思議さを改めて意識させてくれます。
毎日の生活に疲れたかた、ぜひ休みにお越しください。(ホームステイ)
2006年5月に初めてここに引っ越してきたきました。以前のオーナーは年老いたご主人を失った後、結局だれも農園の世話をする人が居なくて、売りに出していたのです。
2005年の暮れに初めてここに来た夫は、最もコーヒーに適した場所と、それでも水道の水が届く高さであることで、ここの購入を決めました。(土地は借地)
5月、私が始めてここに来た時は、長く放って置かれた農園は荒れ放題。
でも、100年近く生き抜いたたくましいコーヒーの木は、それでも必死にコーヒーの実をつけていました。
この農園に名前をつけなくては。ずっと二人で考え続けていていました。
「ラダちゃんもここに来れてたら、スゴーク喜んでたろうね」
2004年に死んでしまった、シャムネコのラダ。結婚する前からPageが飼っていた猫で、ヒンズーの神話の物語のRadha姫から名前をとったのです。Radha姫は、ヒンズーの男神に愛された女性であり、豊作の女神でもあります。
豊作の女神なら、農園の名前にふさわしい。
「子はかすがい」とはよくいったもので、このラダのおかげで、国際結婚の難しさを乗り越えることが出来、そして私にとって、初めて毎日を共にした猫でした。(Pageとは分かれられても、ラダちゃんとは離れられないと、何とか逃げ出さずに頑張りました。シャムネコのラダは本当に賢くて、おしゃべりで、そして赤ん坊のように毎晩私の腕枕で寝ていました。)彼女のお骨もここへ一緒に引っ越してきました。
だから、彼女に因んで、Princess Radha Farm としました。きっと彼女の魂もこの農園を走り回り、豊作を祈ってくれているでしょう。
細長い農園を区切って、それぞれ名前をつけました。ラダが死んだ後、野良猫、犬の収容所からもらってきた、シャムネコの「元気」と兄弟で、事故で死んだ「ヨーダ」の名前もつけました。(Yhoda's Dream, Radha's Garden, Genki's ???,など)
越してきてまずやったのが、肥料やり。そして、Pageは台風などで倒れたマカデミアンナッツの木を輪切りにし、片付けたり、絡みつくバインをきれいにしたり、雑草駆除に追われました。
そして、8月、始めての収穫がはじまりました。他の農家の人に教えてもらいながらのプロセス。色々失敗しながら、それでも12月、初めてグリーンにし、ローストしたコーヒーを飲んだ時は大感激。
「おいしい!」
立地のよさと、コーヒーの木の年輪からくる深みのある味は、さすが以前はいつも試飲コンテストで優勝していた味でした。
ここは、他の多くの農園のように、最初の日本人移民(葉山さん)がコーヒーの木をこの山間の火山大地に1本、1本植えていったのです。大変な大労働だったと思います。
この「Princess Radha Farm」のコーヒーを、コナNo1のコーヒーにし、皆さんにコナコーヒーを知ってもらい、味わってもらう。
それが今の私達の夢。
これからもこの農園の変化をお知らせしていきます。(エキサイトブログ)
どうか、コーヒーの木のスポンサーになり、この農園の変化を一緒に体験、夢をシェアーていただけませんか!
また、英語でのディスカッションボードはこちらです。<Coffee Talk>